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千回の秋を六十日
千秋も結構
|一日千秋
町並みに夕日が境界線を無くす瞬間も、パリにやって来た時と何ら変わらないのに。六区から川沿いを一人歩くと、少しの懐かしさと憂いを含んだそのオレンジが石畳を鳴らす彼女のちぐはぐな靴音を思い出させる。
ピアニスト、という肩書の羽根を背中に生やしてビュンビュンと世界を飛び回る様になった彼女は軽やかにスーツケースを携えて、ふた月程前にアパルトマンを出て行った。
「のだめが居ないふた月、寂しいでしょうけど浮気はダメですよ?いい子にお留守番してたらとっておきのお土産買って帰ってきますからね。あ、寂しかったらのだめの写真置いていきましょうか?ぷぷ。何に使ってもあえてのだめは何も言いませんからー。」
荷造りをしながら一人喋り続ける彼女を後ろから殴りつけたのを餞別に送り出したが、一日の終わりの電話を切ったあとや、主の居ないアパルトマンで窓を開けた時に気づく予想以上の秋の空気に彼女を思わないことは無かった。冷蔵庫に詰められた食材を見ても厄介なことに食卓を共にしなくても何故だかメニューを考える際に彼女の嗜好が付随したりする。よくよく考えれば献立だけではない、楽譜の中にも、クローゼットに当たりまえに居座るルームウェアにも、そこかしこで彼女が当然の様に息をしていることに気がついて、自嘲気味に笑った。
「アロー、先輩?今、そっちは何時ですかー?起きてましたー?起こしましたー?起きて下さーい!」
夜中もいい頃。それこそ夢の中の彼女と話していたかもしれない彼に現実の彼女からの声。
「…今何時?起きたけど…何だよ…」
「もう!愛する妻からのラブコールなんですから!待ってたよハニー、お前のことを考えてて眠れなかったんだぐらい言えないんですか!」
覚醒しきってない頭に彼女の声は全く無神経に響くばかりだったが、会えない時間のせいか、すぐさま電話を切らなかったのは彼にしては寛容だった。
「ふざけんなバカ。切るぞ。」
「あー、先輩待って待って!起こしてごめんなさい!今から帰ります!それだけ言いたかったんですー!それじゃぁ先輩おやすみなさい、また明日!」
捲し立てて一方的に通話は終わった。彼はおぼろげな会話の内容をほろほろと手放しながら久しぶりの彼女の「また明日」をどこか不思議に思ったり、心地よく思ったり、そんな小さな安堵を抱きながらすぅと再び眠りに就いた。
カレンダーの日付の赤丸はあと一週間ばかり先だったけれど、確かに夜中の電話で「また明日」と聞いた気がする。彼は記憶とカレンダーと時計を順に確かめながら、勿論浮気はしていないし、それはいい子で留守番をつとめたと、どこか誇らし気にこっそり思いあぐねていたりする。なので彼女のスーツケースいっぱいの細々としたとっておきのお土産は、部屋中に撒き散らしながら披露されるのだろうと苦笑した。
さて、冷蔵庫の中には何があっただろう。彼女の「また明日」まではまだ時間がある。ふた月前からもう旬もすっかり入れ替わっているマルシェへと出かけようと、上着を手にかけた。
やっぱり自嘲気味に笑いながら、けれどもそれも中々悪くないと思いながら。
町並みに夕日が境界線を無くす瞬間も、パリにやって来た時と何ら変わらないのに。六区から川沿いを一人歩くと、少しの懐かしさと憂いを含んだそのオレンジが石畳を鳴らす彼女のちぐはぐな靴音を思い出させる。
ピアニスト、という肩書の羽根を背中に生やしてビュンビュンと世界を飛び回る様になった彼女は軽やかにスーツケースを携えて、ふた月程前にアパルトマンを出て行った。
「のだめが居ないふた月、寂しいでしょうけど浮気はダメですよ?いい子にお留守番してたらとっておきのお土産買って帰ってきますからね。あ、寂しかったらのだめの写真置いていきましょうか?ぷぷ。何に使ってもあえてのだめは何も言いませんからー。」
荷造りをしながら一人喋り続ける彼女を後ろから殴りつけたのを餞別に送り出したが、一日の終わりの電話を切ったあとや、主の居ないアパルトマンで窓を開けた時に気づく予想以上の秋の空気に彼女を思わないことは無かった。冷蔵庫に詰められた食材を見ても厄介なことに食卓を共にしなくても何故だかメニューを考える際に彼女の嗜好が付随したりする。よくよく考えれば献立だけではない、楽譜の中にも、クローゼットに当たりまえに居座るルームウェアにも、そこかしこで彼女が当然の様に息をしていることに気がついて、自嘲気味に笑った。
「アロー、先輩?今、そっちは何時ですかー?起きてましたー?起こしましたー?起きて下さーい!」
夜中もいい頃。それこそ夢の中の彼女と話していたかもしれない彼に現実の彼女からの声。
「…今何時?起きたけど…何だよ…」
「もう!愛する妻からのラブコールなんですから!待ってたよハニー、お前のことを考えてて眠れなかったんだぐらい言えないんですか!」
覚醒しきってない頭に彼女の声は全く無神経に響くばかりだったが、会えない時間のせいか、すぐさま電話を切らなかったのは彼にしては寛容だった。
「ふざけんなバカ。切るぞ。」
「あー、先輩待って待って!起こしてごめんなさい!今から帰ります!それだけ言いたかったんですー!それじゃぁ先輩おやすみなさい、また明日!」
捲し立てて一方的に通話は終わった。彼はおぼろげな会話の内容をほろほろと手放しながら久しぶりの彼女の「また明日」をどこか不思議に思ったり、心地よく思ったり、そんな小さな安堵を抱きながらすぅと再び眠りに就いた。
カレンダーの日付の赤丸はあと一週間ばかり先だったけれど、確かに夜中の電話で「また明日」と聞いた気がする。彼は記憶とカレンダーと時計を順に確かめながら、勿論浮気はしていないし、それはいい子で留守番をつとめたと、どこか誇らし気にこっそり思いあぐねていたりする。なので彼女のスーツケースいっぱいの細々としたとっておきのお土産は、部屋中に撒き散らしながら披露されるのだろうと苦笑した。
さて、冷蔵庫の中には何があっただろう。彼女の「また明日」まではまだ時間がある。ふた月前からもう旬もすっかり入れ替わっているマルシェへと出かけようと、上着を手にかけた。
やっぱり自嘲気味に笑いながら、けれどもそれも中々悪くないと思いながら。
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