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I/U don't know.
消えたサブタイトルは、お互い再発見でした。
|I/U don't know.
先輩は私のことを何も知らない。私を出会った頃のままだと思っているみたいに、やれピアノだの掃除だのと目を吊り上げて言うことは変わらないし、私が腕の中に飛び込んで行ったって八割方はね退けられる。それでも二割はすんなり腕の中におさまることを許してくれるようになったのだから、幾分かマシになったのか、と腕の中から見上げた時の先輩の緩んだ頬とゆるく上がった口の端を思い出したりなんかして、記憶の先輩にうっかり丸め込まれそうになってぶんぶんとかぶりを振った。
三週間パリを離れることなんてこれまでだって何度もあったし、もっとうんと長い期間会えないことだってあった。それは平気な時もあれば平気じゃない時だってある。今の季節は風が冷たくなったことが明らかすぎていけないし、パリの重苦しい厚い雲に押しつぶされそうになってしまう。夜になったらなったでイルミネーションが灯りだしていて、眩い夜のシーズンは人工的だとしても胸がキュウキュウする。つまりは、今は平気じゃない時。
私が何だか意地になって連絡しないように、先輩もどこか意地になって電話をよこさないのかもしれない。忙しいこと、分かってはいるけれど。私はそこまで物分かりのいい方じゃぁない。だから一週間前の電話が「忙しいから、」と切られてしまったことは勿論ムッとした。そしてターニャの部屋の扉を叩いたのだけれど、先輩のことを話すたび、怒りだか寂しさだか分からなくなってしまった。こんがらがって閉口するままな私にターニャはいつもの呆れた顔なんかじゃなくて、甘いミルクティーを入れてくれて優しい顔をしたから余計に思考はもつれてしまった。きっと泣いてはいなかったと思うのだけれど。
先輩は私のことを何も知らない。私は出会った頃のまま、いつだって先輩の傍にいたいだけなのに。
イルミネーション、街灯、星の明かりを順に堪能して最後はアパルトマンの門扉のランプ。灯りを巡りながらうんうん悩む散歩ももう終わり、だと思ったのに。エントランスに車は無い。けれども見上げた部屋には明かりが点いている。
階段を昇りながら、心臓がさっきとは違う様にまたキュゥキュゥと鳴っているのが分かる。頬や指先の温度が上がるのはアパルトマンに入ったからじゃない。そぉっと開けたドア。部屋はしっかりと暖められていてベッドサイドには先輩のスーツケース。キッチンに、いつもの黒いエプロンをしめた先輩の後ろ姿が見える。
「…先輩?」
「あぁ、お帰り。いや、ただいま? …まぁいいか、遅かったな。ていうか、お前冷蔵庫の中酷すぎだろ、何も無いじゃねぇか。帰ってくるなり買い物行く羽目になっただろ。ちゃんと食ってたのか?もしかして何か食って帰ってきた? 晩飯、丁度もうそろそろ出来そうなんだけど、」
先輩に飛び込んではね退けられない珍しい二割。キッチンに立つ先輩だからことさら貴重な腕の中。今日のご飯はなんですか、なんていつもの台詞もどうでもいい。すぐ脇の火にかかっている鍋からはいい匂いがしているけれど、この胸と腕の中に勝るものはない。
「のだめ?」
「…ただいまです。えぇと、お帰りなさい?」
「うん、」
先輩の声がひとつ撫でられた頭の上で震えた。
「忙しかったですか?」
「うん?」
「寂しかったですか?」
「うん。」
私は先輩のことを何も知らなかった。
先輩は私のことを何も知らない。私を出会った頃のままだと思っているみたいに、やれピアノだの掃除だのと目を吊り上げて言うことは変わらないし、私が腕の中に飛び込んで行ったって八割方はね退けられる。それでも二割はすんなり腕の中におさまることを許してくれるようになったのだから、幾分かマシになったのか、と腕の中から見上げた時の先輩の緩んだ頬とゆるく上がった口の端を思い出したりなんかして、記憶の先輩にうっかり丸め込まれそうになってぶんぶんとかぶりを振った。
三週間パリを離れることなんてこれまでだって何度もあったし、もっとうんと長い期間会えないことだってあった。それは平気な時もあれば平気じゃない時だってある。今の季節は風が冷たくなったことが明らかすぎていけないし、パリの重苦しい厚い雲に押しつぶされそうになってしまう。夜になったらなったでイルミネーションが灯りだしていて、眩い夜のシーズンは人工的だとしても胸がキュウキュウする。つまりは、今は平気じゃない時。
私が何だか意地になって連絡しないように、先輩もどこか意地になって電話をよこさないのかもしれない。忙しいこと、分かってはいるけれど。私はそこまで物分かりのいい方じゃぁない。だから一週間前の電話が「忙しいから、」と切られてしまったことは勿論ムッとした。そしてターニャの部屋の扉を叩いたのだけれど、先輩のことを話すたび、怒りだか寂しさだか分からなくなってしまった。こんがらがって閉口するままな私にターニャはいつもの呆れた顔なんかじゃなくて、甘いミルクティーを入れてくれて優しい顔をしたから余計に思考はもつれてしまった。きっと泣いてはいなかったと思うのだけれど。
先輩は私のことを何も知らない。私は出会った頃のまま、いつだって先輩の傍にいたいだけなのに。
イルミネーション、街灯、星の明かりを順に堪能して最後はアパルトマンの門扉のランプ。灯りを巡りながらうんうん悩む散歩ももう終わり、だと思ったのに。エントランスに車は無い。けれども見上げた部屋には明かりが点いている。
階段を昇りながら、心臓がさっきとは違う様にまたキュゥキュゥと鳴っているのが分かる。頬や指先の温度が上がるのはアパルトマンに入ったからじゃない。そぉっと開けたドア。部屋はしっかりと暖められていてベッドサイドには先輩のスーツケース。キッチンに、いつもの黒いエプロンをしめた先輩の後ろ姿が見える。
「…先輩?」
「あぁ、お帰り。いや、ただいま? …まぁいいか、遅かったな。ていうか、お前冷蔵庫の中酷すぎだろ、何も無いじゃねぇか。帰ってくるなり買い物行く羽目になっただろ。ちゃんと食ってたのか?もしかして何か食って帰ってきた? 晩飯、丁度もうそろそろ出来そうなんだけど、」
先輩に飛び込んではね退けられない珍しい二割。キッチンに立つ先輩だからことさら貴重な腕の中。今日のご飯はなんですか、なんていつもの台詞もどうでもいい。すぐ脇の火にかかっている鍋からはいい匂いがしているけれど、この胸と腕の中に勝るものはない。
「のだめ?」
「…ただいまです。えぇと、お帰りなさい?」
「うん、」
先輩の声がひとつ撫でられた頭の上で震えた。
「忙しかったですか?」
「うん?」
「寂しかったですか?」
「うん。」
私は先輩のことを何も知らなかった。
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