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星にねがいを
千秋は七夕、よりマーラーの生誕を祝いたいに違いない。
|星にねがいを
「笹の葉飾りたいです。」
「ダメ。つーかパリに笹なんて滅多に売ってないし。前のツリーの時みたいに、どこから貰ってくるのか馬鹿でかい笹持ちこまれても困るし。」
「そんな大きいのじゃなくてもいいんですー。先輩と短冊にお願い事書きたいです。折り紙で飾りたいです。」
「面倒臭い。短冊に願い事なんて、どうせお前のことだから「うまいメシ腹いっぱい食いたい」とか「納豆のストック増えますように」とかなんだろ。大体お前いい歳して笹の葉飾りなんて。幼稚園の先生に未練でもあるわけ?きらきら星でも弾いてれば?」
あ、と思ったらもう手遅れで。彼女はすっくと立ち上がり、勢いよくドアを開け放ちそれを手荒に閉めて部屋を出て行った。すべての動作によってもたらされた大きな音は怒りをあらわに耳に残すためだったに違いない。言いすぎた、と素直に認めざるを得ない状況だというのは、自分の吐いた溜め息の音が一人になった部屋に静かに響き渡ったことで余計に感じられて仕方なかった。
それから数日間、電話には出ない、メールの返事もない。アパルトマンの部屋を訪ねても計ったように不在。アパルトマンの友人に尋ねれば、彼らに目を逸らされるということで大体の経緯は周知なのだろう、と思う。そして避けられているということを如実に味わわされ、打ちのめされた顔をしている、ということを自覚しながら何度かアパルトマンを後にした。
「千秋君、」
練習後、黒木君にマルレの事務所で声をかけられ、それからまるで当然のように一緒に事務所を後にした。アパルトマンへの道までも一緒にたどっているところで怪訝に思った。
「何で、って。千秋君も一緒に行くでしょ?恵ちゃんからターニャたちと七夕パーティーやろう、って誘われたんだけど。」
「いや、オレ。聞いてないから。」
いいから行こうよ、少し困ったような笑顔で小さくそう返され勝手知ったるアパルトマンへの道なのに、まるで自分は落ち着きなく彼について歩いた。日はまだ高く、開け放たれた窓からは、彼女たちのはしゃぐ声が漏れている。窓を見上げれば、笹ではないだろうが小ぶりな枝が見え隠れする。「あ、」と部屋の中と階下で同時に声をあげたのは、折り紙が一枚窓からヒラリと舞ったからだ。黄色は風にのってエントランスに静かに降りてやってきた。黒木君はそれを拾い上げて部屋を見上げる。黄色を手にかざしながら「持って上がるよ」と合図した。窓ではターニャが大きく手を振っていて、その横でこちらを見下ろしているのだ目は、どこまでも無表情に見えて胸が痛んだ。
その場を動くことができないオレに、黒木君は「先に上がってるね。」と小さく声をかけてくれて部屋へと向かった。その後ろ姿におぼつかない返事を返していると、空からもう一枚、今度は水色が降ってきた。それは折り紙ではなく短冊のようだった。小ぶりな長方形が降ってくるのを眺めていると、のだめは続けて、二枚ほど短冊を上から放った。拾い上げた三枚の短冊は、水色、黄緑、黄緑。すべての短冊に「先輩のバカ」と書かれている。どうやら怒りは未だ冷めてはいない様で、窓枠に頬杖をついてこちらを見下ろしている。
「短冊って、願いごと書くんじゃないの?」
そう投げかけると、のだめは手にしたペンでまた新しく短冊に何か書いているようだった。そうして今度はピンク色の短冊が降ってくる。大きな風が吹けばどこかへ飛んでいきそうな短冊だったが、ちょうど凪いだ夕方の空に助けられ、それはきれいに足元に落ちてきた。ピンクの短冊には「あやまって下さい。」それを見つめていると、足元にひらひらと追加の短冊。腰をおろしてそれも拾えば「好きって言ってください」「愛してるって言ってください」それを仕方なしに見つめてから、顔を上げる。相変わらずムスリとした表情だった。
「ごめん。」
ストレートな謝罪に驚いたのは彼女の方で、何も書いてない短冊が1枚窓枠からこぼれ落ちて宙を舞った。
「オレが悪かった!恵ー!愛してるー!は?」
「それは無理。でも、ごめん。言いすぎた。」
最後の短冊が地面に落ちる頃には、彼女も歯が覗く程に笑っていた。
6枚の短冊を手に部屋へと上がる。窓から見えた枝は、花瓶に少し長めのサンデリアーナとミリオンバンブーの間のような枝が差してあり、短冊や折り紙で作った環飾りで彩られている。先に部屋にあがっていた黒木君は、目が合うと片眉をあげて笑ったので、ことの成行きを知っているようだった。その横でターニャとフランクも笑っている。このパーティーの催された理由が分かり、申し訳なく小さく笑ってドアに突っ立ったままでいると、のだめに手を取られ七夕飾りの前へと促された。「先輩も、お願い事書いてください。」と、ペンを渡される。既に飾られている色とりどりの願い事。ピンク色の短冊にターニャの字で「素敵なヴァカンス」ブルーの短冊には「ピアノが上達しますように」とフランクの文字。黒木君はちょうど飾り付けるところで、ちらりと見せてくれたのは「コンクールでいい結果が残せますように」だった。のだめが書いただろう、短冊を見つけ「Je veux Natto」の文字に、ほら見ろ。とひとつ笑ってから、さて、と手にある6枚の短冊のうちの何も書かれていない短冊を眺めてみる。願い事は浮かばなかった。
「それにしても、七夕飾りに願い事なんて。七夕ってロマンティックね。」
新しい短冊を飾りつけながらターニャが言った。「ヤスがコンクールで優勝出来ますように」と書かれている。それに気付いた黒木君が少し顔を赤くした。
「そう思いますよねー?それを幼稚だなんだって、ロマンの分からない男がいるから困ったものです!織姫と彦星も泣いてますよ!」
「織姫と彦星って?」
折り紙を手に、フランクが首を傾げた。
「先輩とのだめです。」
噴き出す黒木君の横で、はぁ?とオレは納得がいかない声をあげる。
「先輩、のだめと喧嘩してる間。会えなくて会えなくて辛かったでしょ?少しは彦星の気分、味わえました?」
堪えきれず黒木君が声をあげて笑ったので、オレは全く困るしかなかった。
「先輩、笹の葉飾り用意したり。短冊にお願い事書いたり、七夕パーティー、初めてだったんでしょ?楽しかったですか?おいしいご飯と、願い事たくさん。」
「観葉植物だし、パーティーって言っても飯の用意したのは結局オレでお前は素麺茹でただけじゃねぇか。」
憎まれ口を叩いても、久しぶりに見る彼女の穏やかな笑顔に心底ほっとしていることは、きっと絡めた指から伝わってしまっているだろう。彼女の言うように、七夕とは無縁のヨーロッパの幼少期を過ごしていたので、否定の言葉を口にしなかったのは唯一の素直だ。
すっかり片付けられた部屋の窓から見える夜空はただの藍色で、天の川は分からなかった。窓のそばに名残惜しくある七夕飾り、短冊はふざけあって何枚もつるしたので、叶えるのが大変そうな数になってしまっている。
「先輩の、お願いごとは?」
彼女の書いた「ゴールデンペア」の短冊の裏で、一枚だけ、何も書かれていない短冊。その端を摘んで彼女が訊いた。
「それと同じでいいよ。」
素っ気ない言い方だったが、彼女が十分に笑ったので。さて、彼女の願い事を一つずつ叶えてやろうと、絡めた指に力を込めた。
「笹の葉飾りたいです。」
「ダメ。つーかパリに笹なんて滅多に売ってないし。前のツリーの時みたいに、どこから貰ってくるのか馬鹿でかい笹持ちこまれても困るし。」
「そんな大きいのじゃなくてもいいんですー。先輩と短冊にお願い事書きたいです。折り紙で飾りたいです。」
「面倒臭い。短冊に願い事なんて、どうせお前のことだから「うまいメシ腹いっぱい食いたい」とか「納豆のストック増えますように」とかなんだろ。大体お前いい歳して笹の葉飾りなんて。幼稚園の先生に未練でもあるわけ?きらきら星でも弾いてれば?」
あ、と思ったらもう手遅れで。彼女はすっくと立ち上がり、勢いよくドアを開け放ちそれを手荒に閉めて部屋を出て行った。すべての動作によってもたらされた大きな音は怒りをあらわに耳に残すためだったに違いない。言いすぎた、と素直に認めざるを得ない状況だというのは、自分の吐いた溜め息の音が一人になった部屋に静かに響き渡ったことで余計に感じられて仕方なかった。
それから数日間、電話には出ない、メールの返事もない。アパルトマンの部屋を訪ねても計ったように不在。アパルトマンの友人に尋ねれば、彼らに目を逸らされるということで大体の経緯は周知なのだろう、と思う。そして避けられているということを如実に味わわされ、打ちのめされた顔をしている、ということを自覚しながら何度かアパルトマンを後にした。
「千秋君、」
練習後、黒木君にマルレの事務所で声をかけられ、それからまるで当然のように一緒に事務所を後にした。アパルトマンへの道までも一緒にたどっているところで怪訝に思った。
「何で、って。千秋君も一緒に行くでしょ?恵ちゃんからターニャたちと七夕パーティーやろう、って誘われたんだけど。」
「いや、オレ。聞いてないから。」
いいから行こうよ、少し困ったような笑顔で小さくそう返され勝手知ったるアパルトマンへの道なのに、まるで自分は落ち着きなく彼について歩いた。日はまだ高く、開け放たれた窓からは、彼女たちのはしゃぐ声が漏れている。窓を見上げれば、笹ではないだろうが小ぶりな枝が見え隠れする。「あ、」と部屋の中と階下で同時に声をあげたのは、折り紙が一枚窓からヒラリと舞ったからだ。黄色は風にのってエントランスに静かに降りてやってきた。黒木君はそれを拾い上げて部屋を見上げる。黄色を手にかざしながら「持って上がるよ」と合図した。窓ではターニャが大きく手を振っていて、その横でこちらを見下ろしているのだ目は、どこまでも無表情に見えて胸が痛んだ。
その場を動くことができないオレに、黒木君は「先に上がってるね。」と小さく声をかけてくれて部屋へと向かった。その後ろ姿におぼつかない返事を返していると、空からもう一枚、今度は水色が降ってきた。それは折り紙ではなく短冊のようだった。小ぶりな長方形が降ってくるのを眺めていると、のだめは続けて、二枚ほど短冊を上から放った。拾い上げた三枚の短冊は、水色、黄緑、黄緑。すべての短冊に「先輩のバカ」と書かれている。どうやら怒りは未だ冷めてはいない様で、窓枠に頬杖をついてこちらを見下ろしている。
「短冊って、願いごと書くんじゃないの?」
そう投げかけると、のだめは手にしたペンでまた新しく短冊に何か書いているようだった。そうして今度はピンク色の短冊が降ってくる。大きな風が吹けばどこかへ飛んでいきそうな短冊だったが、ちょうど凪いだ夕方の空に助けられ、それはきれいに足元に落ちてきた。ピンクの短冊には「あやまって下さい。」それを見つめていると、足元にひらひらと追加の短冊。腰をおろしてそれも拾えば「好きって言ってください」「愛してるって言ってください」それを仕方なしに見つめてから、顔を上げる。相変わらずムスリとした表情だった。
「ごめん。」
ストレートな謝罪に驚いたのは彼女の方で、何も書いてない短冊が1枚窓枠からこぼれ落ちて宙を舞った。
「オレが悪かった!恵ー!愛してるー!は?」
「それは無理。でも、ごめん。言いすぎた。」
最後の短冊が地面に落ちる頃には、彼女も歯が覗く程に笑っていた。
6枚の短冊を手に部屋へと上がる。窓から見えた枝は、花瓶に少し長めのサンデリアーナとミリオンバンブーの間のような枝が差してあり、短冊や折り紙で作った環飾りで彩られている。先に部屋にあがっていた黒木君は、目が合うと片眉をあげて笑ったので、ことの成行きを知っているようだった。その横でターニャとフランクも笑っている。このパーティーの催された理由が分かり、申し訳なく小さく笑ってドアに突っ立ったままでいると、のだめに手を取られ七夕飾りの前へと促された。「先輩も、お願い事書いてください。」と、ペンを渡される。既に飾られている色とりどりの願い事。ピンク色の短冊にターニャの字で「素敵なヴァカンス」ブルーの短冊には「ピアノが上達しますように」とフランクの文字。黒木君はちょうど飾り付けるところで、ちらりと見せてくれたのは「コンクールでいい結果が残せますように」だった。のだめが書いただろう、短冊を見つけ「Je veux Natto」の文字に、ほら見ろ。とひとつ笑ってから、さて、と手にある6枚の短冊のうちの何も書かれていない短冊を眺めてみる。願い事は浮かばなかった。
「それにしても、七夕飾りに願い事なんて。七夕ってロマンティックね。」
新しい短冊を飾りつけながらターニャが言った。「ヤスがコンクールで優勝出来ますように」と書かれている。それに気付いた黒木君が少し顔を赤くした。
「そう思いますよねー?それを幼稚だなんだって、ロマンの分からない男がいるから困ったものです!織姫と彦星も泣いてますよ!」
「織姫と彦星って?」
折り紙を手に、フランクが首を傾げた。
「先輩とのだめです。」
噴き出す黒木君の横で、はぁ?とオレは納得がいかない声をあげる。
「先輩、のだめと喧嘩してる間。会えなくて会えなくて辛かったでしょ?少しは彦星の気分、味わえました?」
堪えきれず黒木君が声をあげて笑ったので、オレは全く困るしかなかった。
「先輩、笹の葉飾り用意したり。短冊にお願い事書いたり、七夕パーティー、初めてだったんでしょ?楽しかったですか?おいしいご飯と、願い事たくさん。」
「観葉植物だし、パーティーって言っても飯の用意したのは結局オレでお前は素麺茹でただけじゃねぇか。」
憎まれ口を叩いても、久しぶりに見る彼女の穏やかな笑顔に心底ほっとしていることは、きっと絡めた指から伝わってしまっているだろう。彼女の言うように、七夕とは無縁のヨーロッパの幼少期を過ごしていたので、否定の言葉を口にしなかったのは唯一の素直だ。
すっかり片付けられた部屋の窓から見える夜空はただの藍色で、天の川は分からなかった。窓のそばに名残惜しくある七夕飾り、短冊はふざけあって何枚もつるしたので、叶えるのが大変そうな数になってしまっている。
「先輩の、お願いごとは?」
彼女の書いた「ゴールデンペア」の短冊の裏で、一枚だけ、何も書かれていない短冊。その端を摘んで彼女が訊いた。
「それと同じでいいよ。」
素っ気ない言い方だったが、彼女が十分に笑ったので。さて、彼女の願い事を一つずつ叶えてやろうと、絡めた指に力を込めた。
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