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Good night sweet dreams.
いつも短いものばかりなので
記事の長さがどれくらいが適切なのかが分かりません。
読みづらかったら教えて下さい。
記事の長さがどれくらいが適切なのかが分かりません。
読みづらかったら教えて下さい。
|Good night sweet dreams.
1
リハーサル前、黒木君から紹介したい人がいる、と声をかけられた。日本とパリと同じオケにに身を置き、それこそプライヴェートでも親しく付き合っていたが、改まったその言い方に少しの緊張と期待をもって、あぁ、と返事をした。
「恵ちゃん。」
ホールの様子を扉から伺っている女性に声をかけた。扉が十分に開き、朝一番のたっぷりとした光とともに彼女は入ってきた。黒木君は、その女性を婚約者だと、言った。栗色の髪は肩につくかつかないかのところで毛先が少し跳ねていて、薄黄色のワンピースにフラットシューズを履いた彼女はきちんとつま先を揃えて軽く会釈をした。
「野田恵です。」
「学年は一学年下だけど千秋君と同じ桃ヶ丘音大だったんだ。知ってる?同じピアノ科。彼女は千秋君のこと、知ってるって言ってたんだけど。」
いや、と会釈の合間に返事を返すと、彼女は少し照れた様に焦ってみせた。
「違うんです、のだめが勝手に知ってるだけですよー。千秋さん、大学じゃ有名だったし、憧れてただけっていうか、」
顔を赤らめて最後はボソボソと萎んで言う彼女に「そうだったの、」と黒木君は苦笑混じりに言った。
「…のだめ?」
彼女の言葉の中の一人称、不思議に思い口にすると彼女は、あ、とまた困った様に笑った。
「あだ名です。学生の頃から周りにそう呼ばれてて。つい癖で出ちゃうんですよね。」
「…そう、」
えへへ、と笑う彼女を見つめる黒木君の表情はどこまでも優しい。
「桃ヶ丘でピアノって、今はどうしてるの?」
「あ、はい。今はコンセルヴァトワールに通ってます。」
「へぇ、まさか黒木君を追って?」
黒木君の顔が赤い。そして彼女はまた笑った。
「千秋君、彼女、千秋君のファンでね、マルレの定演も何回か聞きに来てくれてるんだよ。」
「そう、ありがとう。じゃぁ、良かったら聞いて行って。適当なとこ、座っていいから。」
「わぁ、いいんですか。嬉しい。」
ぱっと大きな笑顔を作った。彼女が笑うたび、黒木君が微笑むたび、何だか拭えない寂しさがあったのだけれど。オケが揃いマスカーニを振っているときっとこの旋律のせいだと思うことが出来た。背中が妙に熱かったのだけれど。
2
ランチの席で驚いたのは、彼女の音楽の解釈の面白さと胃袋の大きさだ。マスカーニの間奏曲を透明だと言った。彼女は少し涙が浮かんでいたように見えたけれど、両頬いっぱいに詰め込んだバゲットのせいなのかそれは分からなかった。
「よく食べるね、」
「ぎゃぼ! すみません…つい、」
黒木君は仕方ないといった風に笑っている。
「いや、いいよ。それでこっちでは何処に住んでるの?もう黒木君と一緒に?」
ふたり同時に顔を真っ赤にして、彼女が違います、と慌てて否定した。
「音大生向けのアパルトマンです。色んな国からの留学生が居て、ロシアの女の子とか。友達も一緒です。」
まだ赤い顔のまま、皿に残ったキッシュからはみ出たタマネギを丁寧にフォークで避けてぼそぼそと言った。
「結婚は、いつ?」
質問に二人顔を見合わせて、数秒時間を止めて幸せそうに微笑んでから「彼女の卒業を待ってから、」と黒木君が言った。
事務所へ帰る道すがら、横を歩く彼女の栗色の髪がひょこひょこと跳ねるのを見ていると右へ左へと傾いで何だか危なっかしい。あ、と思ったら石畳に靴底をやっぱり滑らせた。反射的に掴んだ彼女の左腕、華奢な腕、だと思った。離してはダメだ、と思った。
「恵ちゃん!」
黒木君の声で、腕を離さなければ、と思った。
3
「さっきはありがとうございました。今度の定演、また聞きにきますね。」
ニコリと笑っている、だろうけれども彼女の顔が見れない。彼女のワンピースは、よく見れば白い花柄が抜いてある。やや広めに開いたオープンカラーは鎖骨と一緒にシルバーの鎖と赤い石のネックレスが覗いていた。
「今度は是非、君のピアノも。」
手なんて差し出さなければよかったと思った。握手した左手の婚約指輪をもう一度見なくてはならなかったからだ。
彼女が手を振って事務所を離れると、黒木君が少し興奮気味に口を開いた。
「千秋君にも聞いて欲しいな、恵ちゃんのピアノ。」
「黒木君が惚気?」
からかう様に言うと、黒木君は途端に顔を真っ赤にしてムキになって、違うよ、と否定した。
「いや、本当にすごいんだよ。彼女のピアノ、何て言うのかな。一度聞いたら耳から離れないし、きっと千秋君も彼女のピアノに惹かれると思うんだ。」
「…ふぅん、ますます聞いてみたいな。」
黒木君が嬉々として彼女のことを話すたび、反して自分の心は冷めていった。
「今度、また遊びに来てもいいかな、その時に彼女のピアノも。そうだ、彼女、料理が苦手でね。唯一の得意料理なんだけど、おにぎりを差し入れたいって、」
「…もういいよ。」
「え?」
黒木君の驚いた顔で、自分の明らかに苛つきを覚えている感情に気がついた。
「知ってる。」
彼女のピアノも、おにぎりも。ルビーのネックレスもワンピースの他の柄も。その口癖も一人称も、本当は全部知ってる。本当は全部もっと知ってるのに、この状況は一体なんだ?
4
「千秋先輩、せんぱーい? 真一くーん!朝じゃないけど朝ですよー、」
肩ごと大きく揺すられて目を開けた。薄暗い部屋にはサイドランプの小さなオレンジ色。座り込んで、こちらを覗き込む彼女を見ると、薄黄色のルームウェアにボブヘアーは寝癖で元気よく跳ねている、のだめの姿がそこにあった。
「あ、起きました?先輩いつも寝相悪いから、うなされてるのか普段通りなのか分かんないですよー。でも今日は苦しそうでしたけど、大丈夫ですかー?怖い夢でも見てたんですか?」
くすくすと困った様に笑う彼女に膝元から抱きついた。突然に驚いた彼女は「先輩?」と、そろりと声と一緒に左手を頭に置いてくれた。柔らかく梳かれる髪と、彼女の呼吸に合わせて微かに腹部が上下する安堵。
「のだめ、」
「ハイ?」
「オレと黒木君、どっちが好き?」
「…ハイ?」
今度はケラケラと笑った。
「どうしたんです?ターニャに追っかけられる夢でも見てたんですか?」
顔を上げると、あぐねた様に笑うのだめと目が合う。頭に置かれた左手をとって、ランプに翳すとダイヤモンドとルビーが光った。くいと引っ張るのを合図に、のだめは身体を滑らせてベッドへ横たわる。心音に耳を預けていると、もう一度頭を静かに撫ぜられた。夢半ばの途中「大丈夫ですか?」と頭のてっぺんで小さな彼女の声を聞きながら、明日はあのネックレスをつけてやろう、と思った。
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リハーサル前、黒木君から紹介したい人がいる、と声をかけられた。日本とパリと同じオケにに身を置き、それこそプライヴェートでも親しく付き合っていたが、改まったその言い方に少しの緊張と期待をもって、あぁ、と返事をした。
「恵ちゃん。」
ホールの様子を扉から伺っている女性に声をかけた。扉が十分に開き、朝一番のたっぷりとした光とともに彼女は入ってきた。黒木君は、その女性を婚約者だと、言った。栗色の髪は肩につくかつかないかのところで毛先が少し跳ねていて、薄黄色のワンピースにフラットシューズを履いた彼女はきちんとつま先を揃えて軽く会釈をした。
「野田恵です。」
「学年は一学年下だけど千秋君と同じ桃ヶ丘音大だったんだ。知ってる?同じピアノ科。彼女は千秋君のこと、知ってるって言ってたんだけど。」
いや、と会釈の合間に返事を返すと、彼女は少し照れた様に焦ってみせた。
「違うんです、のだめが勝手に知ってるだけですよー。千秋さん、大学じゃ有名だったし、憧れてただけっていうか、」
顔を赤らめて最後はボソボソと萎んで言う彼女に「そうだったの、」と黒木君は苦笑混じりに言った。
「…のだめ?」
彼女の言葉の中の一人称、不思議に思い口にすると彼女は、あ、とまた困った様に笑った。
「あだ名です。学生の頃から周りにそう呼ばれてて。つい癖で出ちゃうんですよね。」
「…そう、」
えへへ、と笑う彼女を見つめる黒木君の表情はどこまでも優しい。
「桃ヶ丘でピアノって、今はどうしてるの?」
「あ、はい。今はコンセルヴァトワールに通ってます。」
「へぇ、まさか黒木君を追って?」
黒木君の顔が赤い。そして彼女はまた笑った。
「千秋君、彼女、千秋君のファンでね、マルレの定演も何回か聞きに来てくれてるんだよ。」
「そう、ありがとう。じゃぁ、良かったら聞いて行って。適当なとこ、座っていいから。」
「わぁ、いいんですか。嬉しい。」
ぱっと大きな笑顔を作った。彼女が笑うたび、黒木君が微笑むたび、何だか拭えない寂しさがあったのだけれど。オケが揃いマスカーニを振っているときっとこの旋律のせいだと思うことが出来た。背中が妙に熱かったのだけれど。
2
ランチの席で驚いたのは、彼女の音楽の解釈の面白さと胃袋の大きさだ。マスカーニの間奏曲を透明だと言った。彼女は少し涙が浮かんでいたように見えたけれど、両頬いっぱいに詰め込んだバゲットのせいなのかそれは分からなかった。
「よく食べるね、」
「ぎゃぼ! すみません…つい、」
黒木君は仕方ないといった風に笑っている。
「いや、いいよ。それでこっちでは何処に住んでるの?もう黒木君と一緒に?」
ふたり同時に顔を真っ赤にして、彼女が違います、と慌てて否定した。
「音大生向けのアパルトマンです。色んな国からの留学生が居て、ロシアの女の子とか。友達も一緒です。」
まだ赤い顔のまま、皿に残ったキッシュからはみ出たタマネギを丁寧にフォークで避けてぼそぼそと言った。
「結婚は、いつ?」
質問に二人顔を見合わせて、数秒時間を止めて幸せそうに微笑んでから「彼女の卒業を待ってから、」と黒木君が言った。
事務所へ帰る道すがら、横を歩く彼女の栗色の髪がひょこひょこと跳ねるのを見ていると右へ左へと傾いで何だか危なっかしい。あ、と思ったら石畳に靴底をやっぱり滑らせた。反射的に掴んだ彼女の左腕、華奢な腕、だと思った。離してはダメだ、と思った。
「恵ちゃん!」
黒木君の声で、腕を離さなければ、と思った。
3
「さっきはありがとうございました。今度の定演、また聞きにきますね。」
ニコリと笑っている、だろうけれども彼女の顔が見れない。彼女のワンピースは、よく見れば白い花柄が抜いてある。やや広めに開いたオープンカラーは鎖骨と一緒にシルバーの鎖と赤い石のネックレスが覗いていた。
「今度は是非、君のピアノも。」
手なんて差し出さなければよかったと思った。握手した左手の婚約指輪をもう一度見なくてはならなかったからだ。
彼女が手を振って事務所を離れると、黒木君が少し興奮気味に口を開いた。
「千秋君にも聞いて欲しいな、恵ちゃんのピアノ。」
「黒木君が惚気?」
からかう様に言うと、黒木君は途端に顔を真っ赤にしてムキになって、違うよ、と否定した。
「いや、本当にすごいんだよ。彼女のピアノ、何て言うのかな。一度聞いたら耳から離れないし、きっと千秋君も彼女のピアノに惹かれると思うんだ。」
「…ふぅん、ますます聞いてみたいな。」
黒木君が嬉々として彼女のことを話すたび、反して自分の心は冷めていった。
「今度、また遊びに来てもいいかな、その時に彼女のピアノも。そうだ、彼女、料理が苦手でね。唯一の得意料理なんだけど、おにぎりを差し入れたいって、」
「…もういいよ。」
「え?」
黒木君の驚いた顔で、自分の明らかに苛つきを覚えている感情に気がついた。
「知ってる。」
彼女のピアノも、おにぎりも。ルビーのネックレスもワンピースの他の柄も。その口癖も一人称も、本当は全部知ってる。本当は全部もっと知ってるのに、この状況は一体なんだ?
4
「千秋先輩、せんぱーい? 真一くーん!朝じゃないけど朝ですよー、」
肩ごと大きく揺すられて目を開けた。薄暗い部屋にはサイドランプの小さなオレンジ色。座り込んで、こちらを覗き込む彼女を見ると、薄黄色のルームウェアにボブヘアーは寝癖で元気よく跳ねている、のだめの姿がそこにあった。
「あ、起きました?先輩いつも寝相悪いから、うなされてるのか普段通りなのか分かんないですよー。でも今日は苦しそうでしたけど、大丈夫ですかー?怖い夢でも見てたんですか?」
くすくすと困った様に笑う彼女に膝元から抱きついた。突然に驚いた彼女は「先輩?」と、そろりと声と一緒に左手を頭に置いてくれた。柔らかく梳かれる髪と、彼女の呼吸に合わせて微かに腹部が上下する安堵。
「のだめ、」
「ハイ?」
「オレと黒木君、どっちが好き?」
「…ハイ?」
今度はケラケラと笑った。
「どうしたんです?ターニャに追っかけられる夢でも見てたんですか?」
顔を上げると、あぐねた様に笑うのだめと目が合う。頭に置かれた左手をとって、ランプに翳すとダイヤモンドとルビーが光った。くいと引っ張るのを合図に、のだめは身体を滑らせてベッドへ横たわる。心音に耳を預けていると、もう一度頭を静かに撫ぜられた。夢半ばの途中「大丈夫ですか?」と頭のてっぺんで小さな彼女の声を聞きながら、明日はあのネックレスをつけてやろう、と思った。
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