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睦音
12時手前



|睦音

時計の針は誰にも平等に同じ速度で動いているのだろうけれど、今日ばかりは彼女には二倍速に動いて見えた。さっきまでグヤーシュやターフェルシュピッツが食べたいなんて話していたと思っていたのに、全てはすっかり胃の中に収まってしまったし、窓の外も彼のグラスの中みたいにすっかりと夜の色。彼女は西へ帰り、彼もまた飛行機に乗り込んで方々へ飛び回る、また中距離恋愛状態になるまでにはもうあと数時間しかない。

「あと十時間後には、ひと月後ですね。寂しいです。」

十時間経てば、次に会えるのはひと月後。彼女の言葉を咀嚼するのに思考を持っていかれていたので珍しく殊勝に漏らした言葉は取りこぼすところだった。

「寂しいなんて、珍しいな。」

皮肉めいた風に口にしたけれど、彼女の手を取って彼は言った。フロントからエレベータへ向かう途中、あとは部屋へ戻るだけだったにもかかわらず。
「のだめはいつも先輩と一緒に居たいんですー。それに、妻の目をひと月も逃れた夫が何をするのか、心配でなりません。」
キュッと絡めた指に力を込めて、拗ねた様な目をして見上げると彼からはいつもの「妻じゃないし」の言葉が続いたので余計に口を尖らせた。
「信用ならない?」
到着を告げる軽やかなチャイムが鳴り、誰もいないエレベーターに乗り込みながら彼は顔を覗き込んでイタズラっぽく言った。その頭越しに、彼が後ろ手で階数ボタンを押して薄いオレンジが灯るのと、ドアが閉まるのを視界の端に入れると、今度は唇がスローモーションの様に降りて来たのでゆっくりと目を閉じた。
モーター音、息の音、再びチャイムの音がして二秒後に唇はようやく離れる。
「誰も居なくってよかったな。」
エレベーターから降りて、どこか蕩けた顔のままの彼女にまたからかう様に言うと、彼女はきちんと頬を赤らめて小さく口の中でもごもごと反論していたけれど、絡めた指は解かなかった。

絨毯敷きに靴底は鈍く、ガチャリと鍵穴に通う音が廊下にやたらと響く。今度は彼の世界がスローモーションに映る番だった。
栗色の髪が跳ねる様にドアの向こうに飛び込んで、その向こうにくすんだ青磁色の壁紙が見える。それから完全にドアが閉まりきる前に繋がったままの手とジャケットをぐいと引っ張られたと思えば、彼女の唇はもう目の前だった。
重いドアの閉まる音、後はもうキスの音ばかり。

「我慢しろよ、」
「…どの口が言ってんですか。」

憎まれ口も笑って噛み付く様に塞ぎあう。何しろ彼らに残された時間は短針が一回りするほどもないので。
部屋の中には睦まじい音が立ちこめるばかり。


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こちらは、の/だ/め/カン/ター/ビレを扱う二次創作のブログです。もちろん原作、出版社等いっさい関係ありません。

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